はじめに:「未来のことなんて分からない」それが本音ですよね
「3年後の売上目標を書いてください」
「この設備を入れたら、利益がいくら増えるか計算してください」
補助金の申請書(事業計画書)を書こうとして、この「数値計画」の欄で手が止まってしまった経験はありませんか?
「そんな先のことは、神様じゃないんだから分からないよ…」
「適当に書いて、後で達成できなかったら怒られるんじゃないか?」
今、この画面を見ているあなた(御社)がそう感じるのは、経営者として非常に誠実で、現場の厳しさを知っている証拠です。
確かに、ビジネス環境は刻一刻と変化します。来月の客数さえ読めないのに、5年後の数字なんて「絵に描いた餅」に過ぎないのではないか――。その気持ち、痛いほど分かります。
しかし、補助金申請のプロとして、残酷な現実をお伝えしなければなりません。
審査員は、その「絵に描いた餅」の描き方を見て、合否を決めています。
もっと正確に言えば、「どれだけリアリティのあるカタチ(計画)を描けるか」が、採択の分かれ道なのです。
「だいたいこれくらい売れると思います」という感覚的な数字では、貴重な税金を投入する審査員を説得することはできません。
では、一体どれくらい「具体的」に書けばいいのでしょうか?
予言者のような能力が必要なのでしょうか? いいえ、違います。
必要なのは、「数字の因数分解」と「積算根拠(せきさんこんきょ)」というテクニックだけです。
この記事では、多くの経営者様が苦手とする「事業計画書の数字」について、審査員が納得する具体性のレベルと、誰でも論理的な数字が作れるようになる思考法を、専門用語を使わずに徹底解説します。
これを読めば、あなたの事業計画書は「単なる願望」から「確かな投資計画」へと生まれ変わります。
1. なぜ、審査員はそこまで「細かい数字」を求めるのか?
書き方を学ぶ前に、まず敵(審査員)の心理を知りましょう。
なぜ彼らは、執拗に「具体的な数字」を求めてくるのでしょうか。
1-1. 数字は「情熱」を「客観的事実」に変換する翻訳機
あなたが「この事業には自信があります!」「絶対に成功します!」と文章で熱く語ったとします。
しかし、初めて会う審査員(中小企業診断士など)には、その熱量は伝わりにくいものです。
そこで登場するのが「数字」です。
「すごく売れます」と言う代わりに、
「現在1日平均30名の来店客数が、新メニュー導入で10%増の33名になり、客単価が500円アップするため、月商は〇〇万円アップします」
と書く。
こうすることで、あなたの「やる気」や「自信」が、第三者にも検証可能な「論理(ロジック)」に変換されます。
審査員は、あなたの夢にお金を出すのではありません。その計画の「実現可能性」にお金を出すのです。 その証明書代わりになるのが、具体的な数字なのです。
1-2. 「どんぶり勘定」=「経営能力不足」と見なされる
補助金は、数百万、数千万円という大金が動くプロジェクトです。
その計画段階で、「経費はだいたい100万円くらい」「売上は倍くらい」といった大雑把な数字を出してしまうと、審査員はどう思うでしょうか?
「この社長は、普段からどんぶり勘定で経営しているのではないか?」
「お金を渡しても、無計画に使って溶かしてしまうのではないか?」
そう疑われてしまいます。
逆に、細部まで計算された数字が並んでいると、「この社長は緻密な管理ができる人だ。安心して税金を任せられる」という信頼(クレジット)が生まれるのです。
2. 良い例・悪い例でわかる!目指すべき「具体性」のレベル
では、具体的に「どのレベル」まで書けば合格ラインなのでしょうか。
よくある「飲食店の新メニュー開発」を例に、NGパターンとOKパターンを比較してみましょう。
【悪い例(NG)】
「新型オーブンを導入することで、生産効率が上がり、売上が増加します。
1年目:売上 1,000万円(前年比 10%UP)
2年目:売上 1,200万円(前年比 20%UP)
3年目:売上 1,500万円(前年比 50%UP)」
これでは不採択です。
「なぜ10%上がるの?」「なぜ3年目に急に50%も上がるの?」という根拠が全く見えません。単に「右肩上がりのグラフを作っただけ」に見透かされてしまいます。
【良い例(OK)】
「新型オーブン導入により、これまで1日20食が限界だった限定ランチを、50食まで提供可能にします。
【売上増加の根拠】
- 客単価: 1,500円(既存ランチと同額設定)
- 販売数増: +30食/日(完売による機会損失を解消)
- 稼働日数: 20日/月
【月間の売上増加額】
1,500円 × 30食 × 20日 = 900,000円/月 の増収
【年間の売上計画】
初年度は認知拡大期間として稼働率80%を見込み、
90万円 × 12ヶ月 × 0.8 = 864万円 の増収を見込みます。」
いかがでしょうか?
「客単価 × 客数 × 回転数(日数)」まで分解(因数分解)されています。
さらに、「最初は80%の稼働率」という現実的なリスクヘッジまで考慮されています。
ここまで書いてあれば、審査員は「なるほど、これなら達成できそうだ」と納得してハンコを押せるのです。
3. 数字を作る魔法の公式!「積算根拠」の3ステップ
「良い例がすごいのは分かったけど、自分のお店でどう計算すればいいか分からない…」
そんな方のために、誰でも説得力のある数字が作れる「積算根拠(せきさんこんきょ)」の作り方を3ステップで伝授します。
事業計画書の数字は、想像で書くものではありません。「積み上げ」て作るものです。
ステップ①:【過去】の実績(ファクト)を洗い出す
まずは、嘘をつきようのない「今の数字」を書き出します。
- 今の客単価はいくらか?
- 今の平均客数は?
- 今の成約率は?
- 既存商品の原価率は?
これが全ての出発点(ベース)になります。「現状、〇〇円です」と言い切れる数字を用意してください。
ステップ②:【外部】のデータを引用する
次に、自分だけの思い込みではないことを証明するために、客観的なデータをスパイスとして加えます。
- 「近隣エリアの人口は〇〇人増加している(市役所データ)」
- 「同業種の平均利益率は〇〇%である(経済産業省データ)」
- 「ターゲット層のWeb検索数は月間〇〇件ある(Googleトレンド)」
これがあるだけで、数字の信憑性がグッと増します。
ステップ③:【未来】の変化率(インパクト)を掛ける
最後に、今回の補助金で導入する設備が、数字をどう変えるかを計算します。
- 機械導入で、製造スピードが「2倍」になる。
- Web広告を出すことで、サイトへのアクセスが「1.5倍」になる。
- 内装を綺麗にすることで、女性客比率が「20%」上がる。
【公式】
(過去の実績)×(今回の投資による変化率)= 未来の数字
この公式に当てはめれば、誰でも「根拠のある数字」が作れます。
「なんとなく1,000万円」ではなく、「現状500万 × 生産能力2倍 = 1,000万」と説明できることが重要なのです。
4. 経費(支出)の数字は「1円単位」まで調べるのが鉄則
売上(入ってくるお金)は予測が含まれますが、経費(出ていくお金)に関しては、より厳密な具体性が求められます。
4-1. 「一式」見積もりは嫌われる
例えば、補助金でWebサイトを作りたいとします。
経費欄に「Webサイト制作費一式:100万円」とだけ書くのは避けましょう。
審査員は「高すぎないか?」「無駄なものが入っていないか?」を疑います。
見積もりを取る段階で、業者に詳細を出してもらい、計画書にも以下のように書きましょう。
- トップページデザイン費:15万円
- 下層ページコーディング費(10ページ):20万円
- 予約システム導入費:30万円
- 写真撮影・ライティング費:15万円
- ディレクション費:20万円
- 合計:100万円
ここまで内訳が見えていれば、「適正な価格である」と判断されます。
4-2. 広告費の計算もロジカルに
「広告宣伝費:50万円」も、よくあるNG例です。
その50万円で、何人にリーチして、何人が買ってくれるのか? そこまで設計します。
- クリック単価(CPC):100円と想定
- 予算:50万円 ÷ 100円 = 5,000アクセス
- 成約率(CVR):1%(過去実績より)
- 獲得顧客数:5,000アクセス × 1% = 50人の新規客獲得
ここまで書くと、「広告費50万円を使うことで、50人の新規客(売上〇〇万円)が見込めるため、投資対効果はプラスである」という完璧なロジックが完成します。
5. 審査員は見ている!数字の「整合性」チェックリスト
どれだけ立派な数字を作っても、書類全体で「矛盾」があると、一気に信頼を失います。
提出前に、以下のポイントを必ずチェックしてください。
チェック①:本文と表の数字は合っているか?
意外と多いミスです。
本文で「売上20%アップを目指す」と書いているのに、下にある収支計画表(Excel)では「15%アップ」の数字になっている。
修正を繰り返しているうちにズレてしまうケースです。これは「注意散漫な計画」として減点対象になります。
チェック②:人員計画と人件費はリンクしているか?
「売上を倍にするために、スタッフを3名増員します!」と書いてあるのに、経費欄の「人件費」が昨年と変わっていない。
これでは、「タダ働きさせる気か?」と思われてしまいます。
人を増やすなら、必ず人件費(給与+法定福利費)も増やして計上してください。
チェック③:減価償却費(げんかしょうきゃくひ)を忘れていないか?
高額な機械(例えば500万円)を買うと、それは経費(減価償却費)として数年にわたり計上されます。
補助金で設備を買う場合、この減価償却費を計画に入れておかないと、利益計算が狂ってしまいます。
難しい場合は税理士さんに相談し、必ず反映させてください。
6. 「強気」すぎても「弱気」すぎてもダメ。絶妙なラインとは?
「採択されたいから、とにかく景気の良い数字を書こう!」
「達成できなかったら怖いから、かなり低めに書いておこう…」
どちらも危険です。
補助金の事業計画書には、目指すべき「適切な成長率」があります。
目指すべきライン:年率3%〜5%の「付加価値額」アップ
多くの補助金(ものづくり補助金など)では、「付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)を年率3%以上向上させること」という要件が決まっています。
まずはこの「年率3%アップ」を最低ラインとしてクリアしてください。
その上で、あまりに非現実的な「売上2倍、3倍!」という数字は避けましょう。
「ストレッチ目標(頑張れば届く目標)」として、年率5%〜15%程度の成長を描くのが、最も現実味があり、かつ審査員の印象も良いラインです。
もし、計画通りいかなかったら?
「具体的に書いて、もし達成できなかったら補助金を返せと言われるの?」
ここが一番の不安要素かと思います。
安心してください。
一部の特殊なケース(事業再構築補助金で大幅に未達の場合の返還規定など)を除き、目標数字に届かなかったからといって、すぐに補助金を返還させられることは原則ありません。
あくまで「計画」です。
重要なのは、未達だった場合に「なぜ届かなかったのか」「次はどう改善するか」を、採択後の年次報告(事業化状況報告)で正直に報告することです。
ですので、ペナルティを恐れて弱気な数字を書く必要はありません。堂々と、実現したい未来の数字を書いてください。
7. まとめ:数字はあなたの「夢」を叶えるための武器になる
今回は、事業計画書の「数字の具体性」について解説しました。
要点を振り返りましょう。
- 数字は「情熱」を伝えるための翻訳機である。
- 「客単価 × 客数 × 回転数」まで因数分解して書く。
- 「過去の実績」「外部データ」を引用して根拠(積み上げ)を作る。
- 経費は「一式」で逃げず、内訳を明記する。
- ペナルティを恐れすぎず、「年率3%以上」の成長を描く。
「数字」という言葉を聞くと、無機質で冷たいものに感じるかもしれません。
しかし、事業計画書における数字は、あなたのビジネスに対する「愛」と「覚悟」の表れです。
どれだけその事業について深く考え抜いたか。
どれだけお客様のことを想像したか。
その思考の深さが、そのまま数字の具体性となって表れます。
審査員は、数字の羅列を見ているのではありません。その数字の向こう側にある、あなたの「経営者としての解像度」を見ています。
最初は難しく感じるかもしれませんが、今回ご紹介した「因数分解」を使えば、必ず書けるようになります。
ぜひ、あなたの頭の中にある素晴らしいアイデアを、具体的な数字という「武器」で武装して、採択という勝利を掴み取ってください。
【事業計画書の無料診断・添削】
「自分で数字を作ってみたけど、これで説得力があるか不安…」
「計算ロジックが合っているか、プロの目で見てほしい」
そんな経営者様のために、弊社では事業計画書の簡易診断を行っております。
「ここはもっと具体的に」「この根拠だと弱い」といった、採択率を上げるための具体的なアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。

