「おめでとうございます! 貴社の事業計画が採択されました!」
事務局からのメール、あるいはWebサイトでの発表を見た瞬間。
あなたは、これまでの苦労が報われた喜びに包まれたことでしょう。
「これで念願の設備が導入できる!」
「事業を一気に拡大できるぞ!」
「資金繰りの悩みから解放される!」
……しかし、ここで水を差すようで大変恐縮ですが、あなたを守るために、あえて「残酷な現実」をお伝えしなければなりません。
「採択」は、「入金」ではありません。
もっと言えば、採択された企業の一定数が、最終的にお金を受け取れずに辞退したり、不支給になったりしているという事実をご存じでしょうか?
「えっ、合格したのに、お金がもらえないことがあるの?」
「書類を出せば、すぐ振り込まれるんじゃないの?」
もし、あなたがそう思っているとしたら、非常に危険です。
補助金申請において、「採択」はマラソンで言えば「折り返し地点」に過ぎません。
ここからの後半戦(交付申請〜実績報告〜入金)こそが、事務手続きの難易度が上がり、かつ「資金繰りのリスク」が高まる「魔の区間」なのです。
この記事は、見事「採択」を勝ち取った経営者様、あるいはこれから申請を行う経営者様に向けた、「採択後から入金までの完全攻略マニュアル」です。
- 絶対にやってはいけない「フライング発注」とは?
- 入金までの「空白期間」をどう乗り切るか?
- 1円も減額されずに満額受け取るための「証拠の残し方」とは?
これらを、徹底的に分かりやすく解説します。
この記事を最後まで読めば、「採択後の落とし穴」をすべて回避し、確実に、安全に、補助金という「果実」を手にすることができます。
第1章:まずは全体像を把握せよ!「採択」から「入金」までの長い道のり
多くの経営者様が、「採択通知」=「小切手」だと思っています。
しかし、実際には「採択通知」は、単なる「切符(参加権)」に過ぎません。
お金を手にするまでには、ここからさらに半年〜1年近い時間がかかります。
まずは、この「長い道のり」の全体像を把握しましょう。
【図解】採択後の標準スケジュール
- 【採択発表】 (合格発表。まだ何もしてはいけない!)
- 【交付申請】 (見積書などを再提出し、正式な契約を申し込む)
- 【交付決定】 (国からの正式なGOサイン。★ここがスタート!)
- 【補助事業の実施】 (発注・納品・支払い)
- 【実績報告】 (「やりました」という証拠書類を提出)
- 【確定検査】 (国による厳しいチェック)
- 【確定通知】 (金額の確定)
- 【精算払請求】 (請求書を送る)
- 【入金】 (ついに着金!)
衝撃の事実:まだ「契約」すらしていません
採択された時点では、国とあなたの会社はまだ「契約」を結んでいません。
「あなたの計画は面白いから、契約の手続きに進んでいいですよ」と言われただけです。
ステップ3の「交付決定(こうふけってい)」という通知書をもらって初めて、国との契約が成立します。
このタイムラグを理解していないと、次の章で解説する「最大の悲劇」を引き起こします。
第2章:9割が陥る最大の罠!「フライング発注」は絶対NG
補助金のトラブルで最も多く、かつ取り返しがつかないのが、この「フライング発注(事前着手)」です。
NG事例:「嬉しくて、すぐ注文しちゃいました!」
- A社長: 「採択通知が来た! よし、機械メーカーに電話だ。『審査通ったから、機械の発注よろしく! 明日納品して!』」
- 結果: 補助金0円(全額不支給)
なぜでしょうか?
補助金のルールには、こう書かれています。
「交付決定日より前に、発注・契約・購入した経費は、一切対象とならない」
補助金は「これからやる事業」を支援するものです。
国が「GOサイン(交付決定)」を出す前に勝手に発注したものは、「国の支援がなくても、自力でやるつもりだったんでしょ?」とみなされ、対象外になります。
正しい手順:「交付決定通知書」を見てから動く
採択発表から、交付申請の手続きを経て、「交付決定通知書」が届くまで、早くて1ヶ月、遅いと2〜3ヶ月かかります。
この間、経営者様は「待ち」の状態です。
どんなに急いでいても、どんなに業者が「早く発注書をください」と言ってきても、
「交付決定通知書の日付」より前にハンコを押してはいけません。
【例外】事前着手届
一部の補助金では、「事前着手届」という書類を出していれば、採択前の発注が認められるケースがあります。しかし、これも「届出」が必須です。何もせずに発注するのは自殺行為です。
第3章:事務処理の鉄則!「証拠(エビデンス)」の完全保全マニュアル
無事に「交付決定」が降りたら、いよいよ事業開始(発注・購入)です。
ここで重要なのは、「国(審査員)が納得する証拠を残すこと」です。
国は、あなたのことを疑っています。
「本当にこの機械を買ったのか?」「架空発注じゃないか?」「金額を水増ししていないか?」
疑いを晴らすために、以下のルールを徹底してください。
鉄則①:支払いは必ず「銀行振込」で行う
現金払い(手渡し)、小切手、手形、相殺(ツケ払いとの相殺)は、原則NGです。
なぜなら、「いつ、誰が、誰に、いくら払ったか」が、客観的に証明できないからです。
必ず、「法人口座(または事業主口座)」から「銀行振込」を行い、その「振込金受取書(または通帳のコピー)」を保管してください。これが証拠になります。
クレジットカードは?
最近はOKな補助金も増えましたが、「引き落とし日が事業期間内であること」など条件が厳しく、ポイント還元の扱いで揉めることもあります。基本は「銀行振込」一択と覚えておくのが無難です。
鉄則②:書類の「名前」と「金額」を統一する
- 見積書
- 発注書
- 納品書
- 請求書
この4点セットの「品名」「型番」「金額」「日付の整合性」が、完璧に一致している必要があります。
「見積書では『PC一式』だったのに、請求書では『パソコン・マウスセット』になっている」
これだけで、修正(差し戻し)を食らいます。
業者には、「見積書と同じ品名で請求書を作ってください」と念押ししましょう。
鉄則③:証拠写真は「撮りすぎ」なくらい撮る
「モノを買った」という証明には、写真が必須です。
しかし、ただ撮ればいいわけではありません。
- 設置前の写真(ここには何もなかった、という証明)
- 設置後の全景写真(どこに置いたか)
- 型番・シリアルナンバーのアップ写真(見積書の型番と同じモノか)
- 稼働している様子の写真
後から「型番が読めないので撮り直してください」と言われても、もう機械を壁に埋め込んでしまって撮れない……なんてことになれば、最悪の場合、対象外になります。
「過剰かな?」と思うくらい、あらゆる角度から撮影しておきましょう。
第4章:最大の難関!「実績報告書」という地獄
事業が完了し、支払いを終えたら、国に「実績報告書」を提出します。
実は、補助金申請において最もハードルが高く、時間がかかるのがこの工程です。
なぜ「実績報告」は難しいのか?
申請時の「事業計画書」は、未来の夢を語るものでした。多少のズレは許容されます。
しかし、「実績報告書」は、過去の事実(会計)の報告です。1円のズレも許されません。
事務局の審査担当者は、あなたが提出した膨大な書類の「隅から隅まで」チェックします。
- 「請求書の日付と、振込の日付が逆転していませんか?」
- 「振込手数料を差し引いて支払っていますが、手数料は補助対象外ですよ?」
- 「日報の稼働時間と、成果物の数が合っていません」
こうした細かい指摘が入り、「修正 → 再提出 → また指摘 → 再提出」という「差し戻しラリー」が何度も続きます。
このラリーが長引けば長引くほど、入金日は遠のきます。
攻略法:業者や専門家を巻き込む
これを社長一人でやるのは、正直言って修羅の道です。
「IT導入補助金」ならベンダー(IT業者)が、「ものづくり補助金」なら認定支援機関(コンサルタント)がサポートしてくれるはずです。
遠慮なく彼らを頼り、ダブルチェック、トリプルチェックを行ってから提出しましょう。
第5章:資金繰り注意!「入金」までの魔の空白期間
「実績報告」が通り、「確定通知」が来て、請求書を送れば、いよいよ入金です。
しかし、ここでお金の話をしなければなりません。
あなたは、この入金までの期間、資金が持ちますか?
「立て替え払い」の恐怖
補助金は「後払い」です。
例えば、1,000万円の機械を買う場合。
- あなたは、業者に1,000万円を「全額」支払います。
- その数ヶ月後(早くて3ヶ月、遅いと半年以上)、国から666万円(補助金)が入金されます。
つまり、「一時的に1,000万円が会社から消え、数ヶ月間は戻ってこない」という状態になります。
この期間に、運転資金(家賃や給料)が底をついてしまったら……。
いわゆる「黒字倒産」です。
対策:「つなぎ融資」を活用せよ
自己資金に余裕がない場合は、必ず「つなぎ融資」を検討してください。
- 銀行に「交付決定通知書」を持っていく。
- 「補助金が入金されるまでの間、支払い資金を融資してほしい」と頼む。
- 補助金が入金されたら、一括返済する。
銀行にとっても、「国から確実に入金される予定」があるため、非常に貸しやすい案件です。
「採択されたら、まず銀行へ」。これを合言葉にしてください。
第6章:入金後も終わらない!「5年間の義務」とは?
無事に入金された! バンザイ!
……と言いたいところですが、まだ終わりではありません。
補助金には、入金後5年間の「事後義務」があります。
義務①:事業状況報告(年1回)
「あの設備を使って、どれくらい儲かりましたか?」という報告を、毎年行う必要があります。
これを無視すると、補助金の返還を求められる可能性があります。
義務②:財産処分の制限
補助金で買った機械やPCを、勝手に売ったり、捨てたり、担保に入れたりすることは禁止されています。
もし事業をやめることになり、機械を売りたい場合は、事前に国に承認を得て、補助金の一部を返還しなければなりません。
「メルカリで売っちゃおう」は絶対にNGです。
義務③:収益納付(しゅうえきのうふ)
これは嬉しい悲鳴ですが、補助金を使った事業が「めちゃくちゃ儲かった」場合、補助金の一部を国に返納するルールがあります(上限は補助金額まで)。
「税金で儲けさせてもらったんだから、少し返してね」という仕組みです。
(※赤字の場合や、そこまで利益が出なかった場合は不要です)
まとめ:管理こそが経営者の仕事
「採択=入金」ではない。
その長い道のりと、注意点について解説してきました。
正直、「面倒くさいな」と思われたかもしれません。
しかし、この厳格な手続きこそが、「補助金は、国民の税金である」という証でもあります。
- フライング発注をしない。
- 証拠(振込・写真)を徹底的に残す。
- 資金繰り(つなぎ融資)を確保する。
- 実績報告を正確に行う。
これらはすべて、事務作業ではなく「経営管理(マネジメント)」そのものです。
このプロセスを乗り越えた時、あなたの会社には、新しい設備やシステムだけでなく、
「国とのプロジェクトを完遂した」という高い事務処理能力と、金融機関からの信用が残ります。
それは、もらったお金以上に、会社の財産となるはずです。
まずは、お手元の「採択通知」を眺めながら、カレンダーに「入金予定日(約1年後)」を書き込んでみてください。
そこから逆算して、今やるべきこと(交付申請や資金確保)を淡々と進めていきましょう。
御社の事業が、補助金をテコにして大きく飛躍することを、心より応援しております。

