はじめに:「とりあえずネットの雛形でいいや」が命取りになります
「助成金を申請するには、就業規則が必要らしい」
「従業員が10人未満だから、うちはまだ作っていなかったな…」
助成金(特に厚生労働省系のキャリアアップ助成金など)の申請を考え始めたとき、多くの経営者様(あなた)の前に立ちはだかる最初の壁。それが「就業規則(しゅうぎょうきそく)」です。
普段の経営ではあまり意識しない書類かもしれません。「金庫の奥に眠っている」という会社も多いでしょう。
そのため、「ネットに落ちている無料のテンプレートを適当に穴埋めして出せばいいだろう」と安易に考えてしまう方が後を絶ちません。
助成金申請のプロとして、はっきり申し上げます。
その「とりあえずの就業規則」が、数百万円の助成金をドブに捨てる原因になります。
助成金の審査において、就業規則は単なる添付書類ではありません。
「御社が、約束通りに従業員を処遇しているか」を証明する、唯一にして絶対の証拠書類(ルールブック)なのです。
ここに書かれていることと、実際の給与計算や労働時間が1ミリでもズレていれば、助成金は1円も支給されません。それどころか、労働基準監督署の調査を呼び込んでしまうリスクさえあります。
この記事では、助成金申請における最重要パーツである「就業規則」について、何をどう整備すればいいのか、審査員はどこをチェックしているのか、そして10人未満の会社はどうすべきかを、専門用語を極力使わずに徹底解説します。
これを読めば、御社の就業規則は「形式的な紙切れ」から「お金を生み出す最強のツール」へと生まれ変わります。
1. なぜ助成金申請に「就業規則」が絶対に必要なのか?
まず大前提として、助成金と就業規則の切っても切れない関係性を理解しましょう。
1-1. 助成金=「ルールに基づいた運用」へのご褒美
厚生労働省の助成金(キャリアアップ助成金、両立支援等助成金など)は、基本的に以下のプロセスに対して支払われます。
- 会社が良いルール(制度)を作る。
- そのルールを就業規則に明記する。
- そのルール通りに従業員に適用する。
- 実績が出たので申請する。
つまり、「就業規則に書いていないこと」をやっても、それは「会社の気まぐれ」とみなされ、助成金の対象にはなりません。
「ルール化(制度化)」されていることが、受給の絶対条件なのです。
1-2. 「10人未満」の会社でも作成義務が発生する
労働基準法では、「常時10人以上の従業員がいる事業場」に就業規則の作成・届出義務があります。
逆に言えば、9人以下の会社には法律上の作成義務はありません。
しかし、助成金のルールは別です。
ほとんどの助成金で、「人数に関わらず、就業規則(またはそれに準ずる規程)を作成し、労働基準監督署に届け出ていること」が要件になっています。
「ウチは5人だから作らなくていい」という法律の知識は、助成金の世界では通用しません。申請するなら、社員1名の会社であっても整備が必須となります。
2. 審査で落ちる!「残念な就業規則」3つの特徴
私がこれまで診断してきた中で、「これでは申請しても通らない(不支給になる)」と判断した就業規則には、共通する3つの欠陥があります。
御社の規則は大丈夫か、チェックしてみてください。
特徴①:実態と乖離(かいり)している
テンプレートをそのまま使った場合に起こる悲劇です。
- 規則: 「賞与は年2回支給する」「退職金を支給する」と書いてある。
- 実態: 実際には業績不振で払っていない、退職金制度なんてない。
これは「就業規則違反」の状態です。
助成金の審査では、賃金台帳と就業規則を突き合わせてチェックします。
「規則には払うと書いてあるのに、払っていないですね? 未払い賃金があるので不支給です」
と判断されます。書いてあることは絶対に守らなければなりません。
特徴②:法律の改正に対応していない
就業規則を10年前に作って、そのまま放置していませんか?
労働に関する法律は、毎年のように変わっています。
- 働き方改革関連法(残業時間の上限規制)
- 育児・介護休業法の改正
- パワハラ防止法
これらが反映されていない「化石のような就業規則」で申請すると、「法令遵守ができていない会社」とみなされ、審査の土俵にすら上がれません。
特徴③:「定義」があいまい
特に「キャリアアップ助成金(正社員化コース)」で致命的になるのがこれです。
「正社員」とは誰のことか? 「契約社員」とはどう違うのか?
この定義が曖昧だとアウトです。
- NG例: 「正社員とは、期間の定めのない雇用契約を結んだ者をいう」
- (これだけだと、無期雇用のパートも正社員に含まれてしまう可能性があります)
- OK例: 「正社員とは、期間の定めのない契約を結び、所定労働時間が週40時間で、賞与・退職金の対象となる者をいう」
このように、「誰が見ても区別がつく」ように書かれていなければなりません。
3. 【助成金別】ここだけは整備せよ!必須の条文・規定
では、具体的にどんな条文を入れればいいのでしょうか。
人気の高い助成金を例に、審査の肝となるポイントを解説します。
3-1. キャリアアップ助成金(正社員化コース)の場合
非正規社員を正社員に転換すると、1人あたり最大80万円(※時期により変動)がもらえる、最もポピュラーな助成金です。
【必須ポイント:正社員と非正規の「差」を明確にする】
助成金をもらうためには、「転換したことによって待遇が良くなった」ことを証明する必要があります。そのため、就業規則の中で以下の3区分を明確に定義し、待遇差をつける必要があります。
- 正社員(期間の定めなし、賞与あり、退職金あり、昇給あり)
- 契約社員(期間の定めあり、賞与原則なし、退職金なし)
- パートタイマー(労働時間が短い、時給制)
もし、就業規則が1種類しかなく、「全従業員に適用する」となっていたらどうなるでしょうか?
契約社員にも賞与や退職金を払わなければならなくなり、正社員にした時の「アップ分」が証明できません。
「正社員用就業規則」と「パート・契約社員用就業規則」を分けて作成するのが、最も確実な攻略法です。
【必須条文:転換制度】
「勤続〇ヶ月以上の契約社員は、本人の希望と面接により、正社員へ転換することができる」
という「転換制度」の条文が必ず入っていなければなりません。
3-2. 両立支援等助成金(育児休業等支援コース)の場合
男性の育休取得などを促進する助成金です。
【必須ポイント:最新の育児介護休業法への対応】
「産後パパ育休(出生時育児休業)」などの新しい制度が、規程に盛り込まれているかが見られます。
古い「育児・介護休業規程」のままだと、要件を満たさないため不支給になります。
ここは社労士等の専門家に依頼し、最新版にアップデートしてもらうのが一番早いです。
3-3. 業務改善助成金(賃上げ)の場合
設備投資をして、事業所内最低賃金を上げた場合にもらえる助成金です。
【必須ポイント:賃金規程の改定】
賃金テーブル(基本給の表など)を変更し、一番下のランクの時給が上がっていることを、就業規則(賃金規程)上で証明する必要があります。
単に「時給を上げました」というメモ書きではなく、規程としての変更届出が必要です。
4. 10人未満の会社必見!「届出」の落とし穴
冒頭で触れた「10人未満の会社」の対応について、詳しく解説します。
ここを間違えると、書類不備で返されます。
4-1. 10人未満でも「労基署」へ届け出るのが最強
法律上、10人未満の会社には届出義務はありません。代わりに「従業員代表の意見書」を添付して、社内に周知すれば効力は発生します(申立書での申請)。
しかし、助成金申請においては、「10人未満であっても、あえて労働基準監督署へ届け出て、受付印をもらう」ことを強く推奨します。
理由:
- 証拠能力が高い: 労基署のハンコ(受付印)があることで、「いつからこのルールが有効なのか」が客観的に証明されます。
- 審査がスムーズ: 審査員も「労基署が受け付けたものなら形式は整っているな」と判断しやすくなります。
4-2. 「意見書(いけんしょ)」を忘れないで
労基署へ届け出る際、および助成金申請の際には、「意見書」という書類がセットで必要です。
これは、従業員の代表者が「会社の作った就業規則を見ました。異議はありません(または要望があります)」とサインしたものです。
社長が勝手に作って、勝手に届け出ることはできません。必ず従業員代表(管理職以外)の署名・捺印をもらってください。
5. 整備から申請までの「正しいスケジュール」
就業規則を変えるタイミングも重要です。
「申請の直前に変えればいいや」と思っていませんか? それだと手遅れになるケースがあります。
【鉄則】「実施する前」にルールを作る
助成金の大原則は「ルールを作って(就業規則改定)、周知して、その後に実施する」です。
【キャリアアップ助成金の正しい流れ】
- 就業規則の作成・変更案を作る(専門家と相談)
- 従業員代表から意見書をもらう
- 労働基準監督署へ届け出る(施行日を決める)
- 従業員に周知する(ここから効力発生!)
- 制度に基づいて、正社員転換を実施する(※ここが規則施行後でなければならない)
- 転換後6ヶ月給与を払って申請
よくある失敗が、「先に正社員にしちゃいました。後から日付を遡って就業規則を作りました」というパターンです。
これは「バックデート(遡及改定)」と言い、非常に疑わしい行為として厳しく審査されます。場合によっては不正受給を疑われます。
必ず「ルール作りが先、実行が後」の順番を守ってください。
6. 自力でやる?社労士に頼む?
ここまで読んで、「難しそうだな…」「社労士に頼むとお金がかかるしな…」と迷われていると思います。
判断基準を整理しました。
自力(テンプレート利用)でもいけるケース
- 従業員がまだ1〜2名で、これから採用予定がない。
- 助成金申請をする予定がない(法律上の義務を果たすだけ)。
- 社長自身が法律に詳しく、法改正情報を常にチェックできる。
社労士(専門家)に依頼すべきケース
- 助成金申請を本気で考えている。
- 従業員とのトラブル(残業代請求など)を防ぎたい。
- 正社員、契約社員、パートなど、雇用形態が複数ある。
- 「これって法律違反かな?」と不安な点がある。
【コストの考え方】
就業規則の作成・変更を社労士に依頼すると、相場で10万円〜30万円程度かかります。
「高い!」と感じるかもしれません。
しかし、それによって「80万円×人数分」の助成金が確実に受給できるようになったり、将来の労使トラブル(数百万円の損害)を防げたりすると考えれば、極めてコストパフォーマンスの良い投資です。
助成金の成功報酬の中に、就業規則の整備費用を含んでくれる社労士事務所もあります。一度相談してみる価値は十分にあります。
まとめ:就業規則は「会社を守る盾」であり「お金を生む剣」
今回は、助成金申請における就業規則の整備について解説しました。
要点を振り返りましょう。
- 就業規則のない助成金申請は不可能。 10人未満でも作成・届出が必須。
- テンプレートの丸写しは危険。 実態と合っていないと不支給になる。
- 「正社員」と「非正規」の定義・待遇差を明確にする(キャリアアップ助成金)。
- **「ルール化(届出・周知)→実行」**の順序を絶対に守る。
- 不安ならプロに頼むのが一番の近道。
就業規則を整備することは、単に助成金をもらうためだけの作業ではありません。
働くルールを明確にすることは、従業員に「この会社はちゃんとしている。安心して働ける」という信頼感を与え、定着率向上や採用力アップにつながります。
「就業規則なんて、縛られるようで嫌だ」
そう思う経営者様もいるかもしれません。
しかし、本当は逆です。
しっかりとしたルール(就業規則)があるからこそ、会社は理不尽なトラブルから守られ、経営者は安心して事業拡大にアクセルを踏めるのです。
助成金申請は、御社の労務環境をクリーンにし、次のステージへ進むための絶好のチャンスです。
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